安全保障・防衛・国際政治・外交問題のスペシャリスト 森本敏

森本敏の国際観


「なぜ北の非核化は進まないのか」


昨年まで北朝鮮は核・弾道ミサイルの開発・実験に専念していた。今年1月の金正恩朝鮮労働党委員長による年頭の辞以来、北朝鮮は対話路線をとり、まず、冬季オリンピックを契機にして韓国に接触し、4月末には南北首脳会談、6月には米朝首脳会談という歴史的会談が行われた。双方の会談で朝鮮半島の非核化が合意され、挑発行動が止まったことは大きな成果である。しかし、この非核化交渉は予想された通り、うまく進んでいるわけではない。


≪朝鮮戦争の終戦宣言を優先≫

まず、北朝鮮を督促するためソン・キム駐比米大使が板門店で崔善姫外務次官と協議し、続いてポンペオ国務長官も7月6日に訪朝した。そこで米国側はすぐにでも非核化交渉を始めたいと促したのに対し、北朝鮮側は、米朝首脳会談後に核実験場の爆破など非核化に向けた措置をとったのに、米国側は何も措置をとらず非核化交渉を進めようとしていることや、北朝鮮の関心は朝鮮戦争の終戦宣言など平和体制の構築にあるとして米国の対応に不満を表明した。


このような米朝の立場の相違もあり、本格交渉の開始に至っていない。交渉をするためにはロジ体制(交渉のメンバー、場所、経費、議事録、記者会見など)の準備が必要となるが、それも行われていない。


北朝鮮は朝鮮半島の非核化について金正恩委員長が共同声明に署名しており、いずれは交渉に応じてくると思われるが、今までの展開を見るかぎり今後の展望は楽観できない。


北朝鮮側は、(1)終戦宣言を優先させ、戦争状態が終われば、休戦協定や敵視政策も終わり、在韓米軍や国連軍の撤退も実現されるべきであり、これらが実現しないかぎり非核化交渉には応じられない(2)非核化交渉を急ぐ必要はなく、今後、核物質やミサイルの増産と配備を続ければ優位な立場で米国側と交渉できる-と考えている可能性はある。


中・露は北朝鮮と同様に終戦宣言に前向きである。それはこのプロセスが進むと在韓米軍撤退の実現や平和協定交渉における自国の役割発揮といったことに期待できるからであり、韓国も同様に平和体制の構築につながると考えているであろう。


≪「核保有大国」の認知が目標≫

一方、米国側は、(1)終戦宣言は朝鮮半島における抑止が危うくなるだけでなく、非核化交渉の動機が低下するので時期尚早である(2)朝鮮半島の完全な非核化の実現を図ることを優先すべきである(3)北朝鮮が非核化交渉に真剣に応じるまで圧力と制裁を緩めるべきでなく、北朝鮮が非核化に応じないなら、いつでもあらゆるオプションをとる態勢を維持する(4)日米韓の同盟関係を強化し、朝鮮半島における抑止体制を維持しつつ、それを基盤とした平和体制構築を並行して進める-という立場である。


北朝鮮は「朝鮮半島の非核化」にはコミットしたが、「北朝鮮の非核化」をする意思については懐疑的である。北朝鮮が核・弾道ミサイルの開発を進めた最初の動機は在韓米軍に配備された戦術核であった。その後、これは撤去されたが、北朝鮮は韓国における非核化(米国が韓国へ核再配備しない、韓国に対する拡大抑止を提供しない、朝鮮半島周辺に戦略システムを展開させないなど)が実現しない限り、体制の安定は維持できないので、これを保証するよう求めている。


北朝鮮はこの実現のために核政策を発展して、米国との「非核化」交渉を通じて老朽化した核やミサイルの関連施設を廃棄するが、核物質やミサイルの増産・配備を進めて「核保有大国」と認知される国家になることを目標にしていると思われる。そして、これが北朝鮮の求める非核化なのであり核・ミサイルを完全に廃棄したり放棄したりすることではない。


≪長期にわたる忍耐が必要だ≫

他方、米国は韓国に核を再配備する考えはないが、拡大抑止は米韓同盟の基盤であり、戦略システム(戦略爆撃機や原子力潜水艦)を展開しないということは核に関するNCND政策(核の存在を確認も否定もしない)原則に反するので約束できない。しかし、北朝鮮の核・ミサイル開発は国連安保理決議違反であり、南北非核化共同宣言にも違反している。米朝合意に基づく非核化交渉により、これを実現することは、米国のみならず国際社会の安全と安定に係る米国の重大な責任であると考えているであろう。


米国が米韓合同演習中止の決定をしたのは、北朝鮮を真剣に交渉に応じさせるためのカードであった。しかし米国が在韓米軍の縮小・撤退というカードをさらに切ることは、北東アジアの平和と安全にとって重大な影響を与えることになる。この交渉は困難で長期にわたる忍耐を必要としているが、すみやかに非核化の実現を図るべきだ。しかも、これは単なる非核化交渉にとどまらず、冷戦後の世界が直面する戦略的問題を含めた極めて包括的な意味合いをもつ交渉であると認識せざるを得ない。




2018年7月