安全保障・防衛・国際政治・外交問題のスペシャリスト 森本敏

森本敏の国際観


「米の政策転換にかなう防衛力を」


冷戦が終焉(しゅうえん)し西側同盟の脅威は消え同盟は目標を失った。しかし、西側諸国は冷戦後に頻発した地域紛争に対応するため、米国に協力をした。同盟維持に共通の価値を見いだしたからである。


それでも、米国ではアフガニスタン戦争はともかくイラク戦争は誤りだったという見方が多い。中東で多くの兵士を失った見返りは反米感情の広がり、財政難、国民の厭戦(えんせん)気分であった。


≪トランプ氏登場の理解と戸惑い≫

大戦後世界の平和と繁栄は、米国中心の理念とリーダーシップで維持されるはずだった。しかし、グローバル化の影の部分(テロ・難民・移民・犯罪・環境問題など)が増大し、確かに世界は豊かになったとはいえ、富を享受するものは少数で、結局、格差は拡大し、問題は深刻化するばかりだ。


国際の安全と平和のためというが結局、自由諸国の一部が犠牲を払っただけではなかったのか。それよりも自国の国益、国民の生活をもっと重視すべきではないか-。これが米欧社会の共通感情であり、トランプ政権の誕生はこの感情が押し上げた結果である。そう考えるとトランプ政権の登場は歴史的必然性を持っている。


今年、欧州の選挙でこの傾向は顕著に表れるであろう。これは大戦後、国際社会が維持してきた民主的国際主義や同盟重視、経済連携を否定する歴史的転換の始まりかもしれない。われわれは今まで当然視してきた命題が挑戦を受けていることを、よく理解できていないのである。その戸惑いがトランプ政権の誕生に不安を覚える理由になっているのであろう。


そう考えるとトランプ政権の性格はある程度、理解できる。この政権は伝統的な共和党政権ではない。レーガン政権とニクソン政権の混合体の要素をもつが、確固とした理念や戦略が見えない。


従来は国家安全保障担当大統領補佐官が政権の戦略を担ってきたが、フリン補佐官はインテリジェンスの専門家であり、同盟重視の考え方に立っているが戦略家とは言えない。


当面、政権が着手する移民対策や法人減税、インフラ投資やオバマケア撤廃、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)反対なども「国家戦略」ではなく、対症療法的措置にすぎない。


≪国益を優先した「米国第一主義」≫

とはいうものの、トランプ次期大統領が選挙を通じて訴えてきたことの中には、いくつか注目すべき点がある。その第1は「米国第一主義」という考えである。これは米国が共通の価値観(自由・民主・人権など)より国益を優先するので、同盟国はもっと米国の負ってきた責任を分担せよということであろう。それなら同盟国は米国がいかなる共通利益を追求し、同盟の意義をどこに求めようとしているのか、明確に示すべきだと迫る必要がある。


第2は、米軍を再生し兵力を増強するが「世界の警察官」にはならないという点だ。しかし、米国は緊要な国益と見れば打撃力中心の限定的軍事介入を敢行するであろう。これを「力による平和」という政策にするものとみられる。


中東ではロシアのウクライナ・クリミア問題に目をつぶり、ロシアにイスラム国(IS)打倒を任せ、シリアでは反体制の維持を断念してアサド政権を容認する。イランとの核開発計画合意を破棄する。この“対症療法”は結果として米欧関係の亀裂やイラン・サウジ関係の対立、核拡散の懸念、ロシアの中東進出をもたらす。


しかし、米国は中東に原油を大きく依存する必要はない。プーチン氏の野心が国内で独裁者になることにある限り、ロシアと交渉し妥協できる相手とみる。トランプ次期大統領は大国との取引を重視する傾向が大きいと思われる。


≪対中戦略の協議体を構築せよ≫

他方、アジアを同様に見ると過ちを犯す。中国の野心はアジア太平洋地域の覇権である。米国は中国とも取引できると考えているようだが、アジア専門家が少ないトランプ政権に対し、この誤りを忠告するのは日本の役割である。


第3はトランプ政権の保護主義的経済政策だが結局、それは格差を拡大し、支持者の失望を招く。所得再配分を進めて財政赤字の解消を図ることができればよいが、冷戦後の国際社会は経済連携協力で発展してきたのである。保護主義の問題を指摘するのも日本の役割であろう。


日本がなすべきは防衛力を強化しつつ、同盟協力の質を変える努力を行うことである。リスクは多面的であり、サイバー・宇宙・技術の不法活動に対応する必要がある。また、日米の基地・施設の共同使用を拡充し、周辺地域における後方支援能力や運用支援力を向上する施策が必要となる。


最も重要な措置は対中戦略の共通項を日米両国で共有しておくことだ。日米間でこの面における緊密な協議体を高いレベルで構築しておくことは当面、確定された包括戦略がなく、各論的アプローチをとろうとするトランプ政権との関係において、極めて重要な施策といえるのである。


2017年1月