安全保障・防衛・国際政治・外交問題のスペシャリスト 森本敏

森本敏の国際観


「巧妙な北の戦術に攻勢をかけよ」


≪金一族の国家目標放棄は疑問だ≫

金正恩朝鮮労働党委員長は、今年の年頭の辞の中で(1)北朝鮮は昨年、国家核武力完成の歴史的大業を成就し、今後は自衛的国防力を一層強固して、核・ミサイルの量産・配備に拍車をかける(2)人民の中に入って苦楽をともにしながら人民の苦衷と生活上の難事を解決する(3)南北間の緊張緩和のため対話と接触の道を開くこと-などを強調した。


その後、北朝鮮が取り始めた対話路線の背景はこの年頭の辞に明確に表れており驚きはない。しかし、北朝鮮が3代にわたる指導者の下で、核・ミサイル軍事大国を目指し、米国に対する抑止力を構築して、金体制の生き残りを図るという国家目標を、金正恩氏一人で放棄できるとは思えない。


他方、国民の苦しみに寄り添う姿勢を示したのは国際社会の圧力と制裁の効果が、大きな影響を与えている証左である。昨年から韓国への亡命者が増え、国内の石油価格が高騰し、瀬取りまでして不法に原油を入手しようとしているのはその一端にすぎない。今後はさらに経済制裁による効果が深刻化することになろう。


他方、北朝鮮が最終目標とする核・ミサイルの抑止力構築は未完成である。しかしこれを急いで達成するには障害が多すぎる。資源も万全とはいえない。そこで韓国や米国との対話を始めるという路線変更を取ろうとしている。文在寅・韓国大統領は南北対話を強く期待していたので、呼びかけに応じてくるし、支援・援助を取り付けるのも容易とみたのであろう。文氏が6月の地方選挙を前に、支持率を上げたいと考えていることも計算に入れたに違いない。


≪米国は実効性ある手段で対応を≫

また、秋に中間選挙を控えた米国も対話に乗ってくるし、そうなれば日米韓の分断を図り、次の挑発活動までの時間稼ぎができるとみたのかもしれない。しかし、北朝鮮は米韓合同軍事演習が始まるまでに、演習規模の縮小などを要求してくる可能性は排除できない。北朝鮮は米韓が合同演習を装って北朝鮮を攻撃してくるのを恐れているともいわれる。合同演習に理解を示しているものの容認しているわけでない。対話の間、核・ミサイル実験の凍結を約束しても、挑発が再開するなら時間稼ぎをしただけのことであり、廃棄が実現しなければ全く意味はない。今後2つの首脳会談が実現するまでに、解決されるべき問題は多い。


しかし、会談が実現するのであれば北朝鮮の非核化が合意され、検証可能な核廃棄が確実に履行されることを期待したい。一方的に援助や支援だけが約束されることや、安保理決議の趣旨に反する支援が合意されることがあってはならない。米国には北朝鮮の非核化に向けた具体的なプロセスを確実に実現できるよう努力してほしいし、日本としてはそれを強く求めるべきである。


1994年の米朝枠組み合意に基づき、軽水炉2基と重油の供与を受ける見返りに黒鉛減速炉を凍結するという約束を反故(ほご)にしてプルトニウム再処理を行ったのは北朝鮮である。2005年の6カ国協議で核放棄を約束した共同声明に違反して06年や09年に核実験を行ったのも北朝鮮である。


北朝鮮が今回、対話を核ミサイル軍事大国としての目標追求に利用し、受け入れがたい要求を提案して挑発活動を再開するのであれば、米国としては実効性のある手段で対応するぞと北朝鮮に覚悟を求める態度を示すべきである。この絶好の機会を逃さずに攻勢に出る態度で臨んでほしい。


≪核保有国と認知してはならない≫

北朝鮮にとって首脳会談の目的は支援・援助の取り付けと時間稼ぎのようにみえるが、われわれは北朝鮮にだまされた過去の過ちを決して繰り返してはならない。もとより北朝鮮を「核保有国」であると暗黙であれ、認知することは絶対にあってはならない。


北朝鮮には非核化だけでなく弾道ミサイル開発・生産・配備の廃棄も追求されなければならない。核弾頭でなくても弾道ミサイルに化学・生物兵器が搭載されてダムの水源や人口密集地に投下されたら核兵器と同様の被害が起こる。北朝鮮の弾道ミサイルが完全に廃棄されるまでミサイル防衛システムを万全の状態にしておくことは、国防上当然の措置である。


深刻な安全保障問題を対話や外交交渉で解決するやり方は望ましい。しかし、現実に核兵器や弾道ミサイルが開発・生産・配備されている状態に変化が見られないのに、対話や交渉に対する期待や希望だけで国家の安全保障や防衛を進めるわけにはいかない。


最近の報道によると、北朝鮮が2月にプルトニウム生産を再開したともいわれている。北朝鮮の核兵器や弾道ミサイルの廃棄について具体的な措置がとられ、検証されることを確かめつつ政策を進める必要がある。現実を直視しつつ、最大限の圧力と制裁をかけ続けてきた日本の対応が適切であったことは、いずれ証明されるであろう。




2018年3月